おやつく後記

日常のことなど思いつき

老舗ブランドは発酵している

こないだ、トーク番組「まつもtoなかい」を見ていたらEXILEのHIROが出ていた。名前が出てくるまで、この人誰だろう、テレビの名プロデューサーとか? と思っていたら、なんとHIRO。知らない間にイケオジになってる……。裏方に回ったことは知っていたが、わたしの中では現役引退時くらいのビジュアルで止まっていたので、慣れるまでに少し時間がかかった。

 

 

今回は、ビートたけしダウンタウン松本の対談が目玉だったが、印象に残っていたのはHIROの短い話だった。

 

 

下記、細かいことはうろ覚えで、わたしの都合の良いように解釈しているかもしれないが、あしからず。

 

 

EXILEという看板を残したままプロジェクトのような形にしたことについて、中居から、どういうつもりでやっているのかを聞かれ、「せっかくここまで成長させたのに、終わらせるのがもったいないから」と返事をしていた。

 

 

EXILEの中でいろんなユニットをつくって、人が出入りするのも悪くない。世界的なハイブランドも、たとえばディオール(だったっけ)だって、ディオールというブランドを維持したまま、トップデザイナーは変わっている」というようなことをいっていた。

 

 

この考え方は前にも見たことがあった。寺田本家の書籍「発酵道」と一緒だ。

 

 

 

 

寺田本家というのは数百年の歴史がある老舗の造り酒屋。代々、女の子しか生まれないという不思議な家系で、後継ぎはお婿さんなのだとか。発酵道は23代目が書いた本ですごく面白かった記憶がある。

 

 

そこで、微生物の活動について書かれていた。(以下、こちらもわたしの意訳)

酒を造る過程では微生物の力が不可欠だが、微生物は常に入れ替わっている。必要な時に必要な微生物が発生し、仕事を終えるといつのまにかいなくなる。そういう変化を経ておいしい酒ができる。

 

 

人間も発酵過程のように、必要な場所で必要な働きをして、もし慣れ親しんだ場所を離れるとしても、それはそれで必要なことなのだ。役割を終えた菌が「まだここにいたい」なんて主張しない。別の場所にいけばまたその時点の自分の役割がある。

 

 

しかし人の社会ではそうもいかないことが多い。頭のどこかではもう離れるべき場所だと分かっているのに、「いま仕事を失えば家族を養えない」「せっかく築いた地位がゼロに戻ってしまう」「ほかでやっていく自信がない」など、不可抗力だと信じていることやエゴが自分をムリヤリ引き止める。気の迷いかもしれない、と考えを打ち消し、変化を拒む。

 

 

冷静でない時は判断を誤る可能性もあるので、なんでもかんでも気の向くままに動けばいいというわけではないが、正しい直観を見極めるには訓練も必要なので、逃げの姿勢のままでは何も変わらない。

 

 

 

ディオールだってブランドくらいは多少知っているけれど、内部の動きなんて知らない。ただ、世代が変っても愛される店はかならず微生物のように変化しているはずだ。

 

 

 

 

ここでわたしの体験談を。

「変わらない味」と何十年も親しまれている店は、少しずつ変えていることが多い。知り合いが長年通うラーメン屋について言っていた。わたしも地元のお気に入り店について、そういえば味は少しずつ変わっているなと思う。昔のままならたぶん今は食べていない。基本は変えず、しかし時代にあった味覚というものがあるのだ。本当にまったく変えていない店は、うまくいっていなかったりする。

 

 

ラーメン屋とディオールを一緒にしたら怒られるかもしれないが、一緒だ。

 

 

しかしディオールの歴史を見たらまだ100年も満たない。なら、寺田本家の方がすごいんじゃないか。もちろん、規模も認知度も比較にならないけれど。

 

 

数百年続く寺田本家に女の子しか生まれないという不思議な縁も、それに関係ありそう。男系だとつい跡取りに固執して、本来不要な思惑が入りやすいのではないか。家を守るのが直系である女性で、蔵を回すのが外から来た男性という形は、自然法則にマッチしているのだろう。ハチやアリが女王を中心に世界を形成するように。家族、酒蔵、という単位は違えど同じ。ということは、大きい組織もこの法則に乗っとってやればうまくいくはずだと思った(必ずしも生まれた時の性別は関係なく、役割として)。

 

 

HIROに話を戻すと、そういえばEXILEでなくともモー娘。やAKBの方が先にやっている。ただ、詳しくないのだが、これら女性アイドルはまだ人気なのだろうか。最近はk-popっぽいグループをよく見かけるけど。最近、名前が変わったアイドル会社は確固たるブランドを確立していたようだが、あれは歪んだ忖度が生み出しただけなのか、多少は”発酵”の過程を踏んでいたのだろうか。

いま有名なグループが10年、20年先も残っていたら、「ああ発酵がうまくいったんだな」と思う。

 

 

大きなヨソの組織の話はいいとして、自分ごとで考えてもやはり同じだ。だって自然法則なのだから。たとえば不本意な形で家族と離れることになったときも、やむをえない流れだったのであれば、受け入れて身を任せているうちに、次の出会いややるべきことは必ずある(死別だとつらいけれど)。

 

 

わたし1人のことをとってみても、たとえば仕事を辞めたい時に、「でも次見つかるか分からないし」「自信ないし」と思っても、本当はどうしても辞めたい! と思ったらしたがってみたら面白いことになったりする。過去、この逆の話があった。縁もゆかりもない業界に、ただやってみたいという理由で飛び込んで、その後の人生に大きな影響を与える経験をさせてもらったこともある。昔いた会社は給料もよく、比較的安定していたが、ここにいたらダメだと逃げるように止めた。それが正解かは分からない。選んでいない未来は比較しようがない。だから今がベストと思うしかない、というのは一理あるが、嫌なことも含めて後悔していなければそれが正しい道なのだ。後悔しているなら今から取り戻しに行けばいい。

 

 

矛盾なく人生を歩むことはなかなか難しい。でも、それに近づくことは努力次第で誰にでもできるのだと思う。微生物のような人生を。

 

 

日本酒が飲みたくなってきた