おやつく後記

日常のことなど思いつき

ぼったくり土産物店での話

韓国旅行に行った時のこと。

 

 

わたし自身は、国内外にかかわらず観光というのに関心が薄れているのだが、母と叔母に誘われたので、だったら行ってもいいかな、くらいのノリだった。ただ、どうせ行くなら楽しもうという気持ちはある。用事で遠方に出かけたときは、事前に軽く調べたり、その場の気分の赴くままにふらふらと歩いたり。

 

 

だから、できるものならば、韓国でも鉄道にでも乗ってその土地の風を感じたかったのだが、年配者ふたりと行動を共にするとなると、そうもいかなかった。今回は母と叔母がメインなので二人を優先させることにした。

 

 

今回の旅行はわたしの案で、日本語ガイド付きの観光タクシーで回ることにした。歩き回ると体力のない母が疲れきってしまうのは目に見えていたし、韓国語はもちろん、英語もたいしてできない中でわたしが二人の案内役を買って出る気にはならなかったので、これがベストだろう。

 

 

観光タクシーは韓国語しか話せない男性ドライバーと、日本語堪能で愛想のよいベテラン風おばちゃんガイドだった。

 

 

ガイドは、わたしたちの無茶な要望を聞いて短時間で効率の良いスケジュールを組んでくれ、さすがといったところ。車内でのおしゃべりも軽快で母とも盛り上がっていた。この人にとって観光ガイドは天職だろうなと思っていたら、終盤に雲行きが怪しくなった。

 

 

一日の終わり、もうすぐ予定の時間が来るギリギリで土産物店に入った。

土産をどこで買うかは特に決めておらず、気になった店で買えばいいと思っていたのだが、約束の時間まであとわずか。土産物店がたくさんあるというスポットに行ったところで、魅力的な店を探す時間もなく、ガイドについていくしかない状況だった。

 

 

「ここがいいですよ」と言われて入ると、女性店主が「さあさあ、お姉さんたちどうぞ」とこれまた堪能な日本語で奥の席へと通された。なんで土産物店で椅子に座らされるのか、意味がわからないけど、時間もない中、知らない土地にきて思考回路にも余裕がない。一人で行動するときは警戒心が強いが、今回は人任せの部分も大きかったこともあって、無防備だった。

 

 

 

そこではじまったのは韓国海苔の営業トーク

 

 

こなれた感じの弾丸営業トークに戸惑いながらも、空気を読んでしまうお人よし日本人のわたしたち。不意打ちだったのもあって「はあ」「そうなんですか」などと合わせてしまった。

 

 

2種類の海苔だけやたら勧められたのだが、店員の後ろにはものすごい種類がある。「ほかの海苔は? 後ろのとか」と聞くと、「フレーバーがついてるけど、やめておいた方がいい。ニンニク風味とかいらないでしょ?」と速攻で却下されてしまった。

 

 

 

「何十種類とあるように見えるけど、全部そうなのか?」とか「じゃあなんで置いてるの?」という疑問がすぐ浮かんだが、この手のタイプはダメだ。その場しのぎでツッコミどころ満載のトークをするのは日本人でも多いが、まともな会話をしたくても徒労に終わることが多い。

 

 

次に勧められたのは化粧品。わたしはそもそも化粧品へのこだわりが薄いので、韓国コスメが日本で人気なのは知っていても、買いたいと思ったこともない。買うにしても、初めて行った国の土産物店で初めて知ったブランドなんて絶対買わない。

 

 

店主は、母や叔母、わたしのシワがどうのこうのと言ってきて「毎日使うといいですよ」と美容化粧品をすすめてきた。こちらから相談したならまだしも、頼んでもないのに人の容姿に勝手にケチをつけるなんて失礼きわまりない。と後でめちゃくちゃムカついたが、その時は「はあ」と流しながら聞いていた。いつの間にかガイドも横に座って「わたしも使っている」という。

 

 

そこでやっと気づいた。「ああ、グルだったのね」と。いや、最初から何となく気づいていたが、これが決定的な瞬間だった。土産物店と協定ができていて、ぼったくり商品を売るとガイドもマージンをもらえるのだろう。

 

 

営業トークが一通り終わり、あとは私たちが買うだけの段階になったが、3人とも何ともいえない空気になった。わたしは、年配者ふたりに任せたらいいか? わたしだったらどこに落としどころをつけようか? などと頭を働かせていた。

 

 

沈黙するわたしたちの様子を見て少しマズイと思ったのか、ガイドは「無理に買わせようとしないでね」と店主にやんわり言っていた。

 

 

わたしが年配者ふたりの発言を待っていると、母が弱弱しい顔で「……どうしよう?」とすがるような目線を投げてきた。「あ、こりゃだめだ」と悟ったわたしは、「1つ買えばいいんじゃない?」といった。ぼったくりだとしても別の店に行く時間など残されていないし、高くて困るほどの金額でもないのだから1つ買ってカタをつけたらいい。

 

 

と思いきや、二人ともそれなりの量を買って驚いた。まあ、他に選択肢がないならここで買うしかないし、わたしと違ってお土産を配る人数も多いから仕方ないのかもしれない。助け舟を出したつもりだったが、二人には必要なかったらしい。

 

 

それならそれでいいですけどね、と思いながら店を後にし、間もなく観光タイムを終えた。ラストは良い雰囲気で別れたが、どうしても土産物店のことは引っかかった。

 

 

個人的に気になったので海苔と化粧品の定価を調べてみたところ、海苔は韓国語検索もして会社も特定したけれど、パッケージで同じものがない。きっと観光客向けにつくったOEMなのだろう。内容量もびっくりするほど少なかったし、通常の何倍もしそうな金額だった。

 

 

化粧品は韓国の人気ブランドの「パクリ商品」だった。韓国のブランドなんて知らないのだが、本家の方は韓国で大ヒットして日本でも販売されているとのことだから、まあまあ売れていることは理解できた。

一方の土産物店のパクリ商品のホームページを見ると、10代後半から20代前半くらいの若者向け国内限定ブランドっぽかった。品質もそれなりでパクリながら悪いものではなさそうだったが、メーカーの公式通販サイトで半額以下で売られていた。今回の土産物店ではほぼ定価で売っていたが、公式サイトでこれなのだから、店頭価格はもっと安いだろう。

 

 

 

母と叔母にそれを伝えると、母は「だまされた!」とわかりやすく悔しがった。叔母は「へーそうなんだ?」くらいのもので、別に値段のことなど気にせず満足している様子。二人の反応が対照的で興味深かった。品質と値段に納得しているのなら、叔母のように満足するものだろう。母はそうじゃなかったってこと。

 

 

わたしはといえば、「時間さえあれば別の行動をしたのに」とは思うが、経験にお金を払ったと思えば悪くなかった。何事もなく平穏に帰ってくるより話のネタにもなる。実際、一番印象的な出来事だった。

 

 

ただ、「ガイドさん、ただの商売人だったな」とガッカリした。平和ボケした日本人的発想だろうなとはわかっているが。よく考えると、序盤から土産物店への誘導を仕込んでいた。雑談の中で、オススメの土産物やら、さりげなく年齢や美容の話をしていた。しかもわたしの年齢を「お姉さん、〇〇歳?」と10歳も上に言われて、そんな上に見られたことないんだけど、と一瞬むかついたことも思い出した(笑)

もしかしたら、そんなつもりではなかったかもしれないが、いったん信用できなくなると、あれもこれもワザとか? となる。

 

 

ただ、店主に「ムリヤリ買わせないでね」と言った時の表情で、ほんの少しだけ彼女の良心を見た気がした。

 

 

 

実は、観光がスタートする前に、「今日一日よろしくお願いします」ということで、こちらから日本のお土産をプレゼントしていた。大したものではないが、韓国の人は何をあげたら喜んでくれるかな? といろいろ考え、母と叔母は観光よりもそっちを気にしていたくらい。彼女もドライバーさんもすごく喜んでくれて、「こんなお土産をくれる人なんて、ほとんどいませんよ」と言ってくれたのに。

「お土産でマージン稼ぐなら、お土産なんていらなかったじゃん。アホだね、わたしたち」と空しい気分になった。

 

 

 

帰国後、韓国に詳しい母の知り合い複数人によると、典型的な「不慣れな日本人観光客相手の、土産物店のよくある話」ということで「やられたね!」と笑われたらしい。だろうねえ。

 

 

 

まあ、金額も大したことはないし怖い目に合ったわけでもないから、笑い話ではある。しかし、ほんの少し嫌な影響が残った。

 

 

韓国のあとに国内旅行もして、その時も観光タクシーを利用した。

 

ドライバーはわたしからするとかなり好印象だったのだが、今度は逆に、母と叔母が「あの人、わざとあそこに行ったんじゃない? あの店とマージンもらう約束してるんじゃない?」と疑っていた。どちらが正しいかは本人に聞かないと分からないが、わたしには作為的な行動に見えなかった。わたしが根拠を示して説明したり、さらに後ほど親切な行動をしてくれたこともあったので、最終的には二人も「今回は良い人だったんだね」ということで意見が一致した。

 

 

韓国ではわたしほど疑っていなかった二人が、わたしの見解を聞いたことで「ガイドは、客を利用するものだ」という考えが植え付けられてしまったのかと思うと、残念だった。普段、めったなことで人を疑わない人間が、一度猜疑心を知ると「そういうものだ」と逆転してしまう。

特に母は「韓国なんて二度と行かない」といった。半分冗談とはいえ、母にとってはショックだったのだ。

 

 

海外にいけばこんな話は通常運転みたいなものであり、大した事件でもなければ、それ以外はいい思い出だった。なのに、久しぶりの海外旅行だった母にとっては「騙された」ということだけが大きな事実として残ってしまった。こういうことに耐性がない母だと分かっていて、わたしも余計なことを言って煽るべきではなかったなと反省したが。

 

 

わたしが過去、ほかの国に行ったときの似たようなケースでは、わかりやすいぼったくりだったので、買うにしても断るにしても何も思わなかった。優しいフリをした中途半端なウソが、後々長らく響くほどに信頼を壊す。骨折するよりヒビが入る方が治りにくい、みたいなものだろうか。

 

 

あのガイドも、別に悪い人じゃないはず。もはや常習化しているであろう行動だったし、日ごろ案内している日本人観光客は、きっと何も疑問に思わない人の方が多いのだろう。あの時、一瞬だけ見えた良心が、これをきっかけにもう少し顔を出してくれたらいいなと思う。

 

 

 

ちなみに、韓国のドライバーさんは素朴なおじさんで、日本語は全く通じなかったが、お土産をめちゃくちゃ喜んでくれて、一瞬で食べきって、おそらく韓国語で「おいしかった」と何回も伝えてくれた。また、朗らかな様子で韓国語でいろいろと名所の説明をしてくれた。何を言っているのかまったく理解できないのだが、いい人だということだけは分かった。この人は正規料金で働いているんだろう、裏表のない正直さがにじみ出ていた。

たぶん、母は海苔の思い出が強烈すぎて、このおじさんのことも忘れてる(笑)

 

 

 

 

色々思うことはあったが、わたしにとっては、この一件はハプニングとしていい思い出になった。

 

 

母は帰国してから「韓国海苔のことを思い出すと悔しくて眠れない」といっていたが、いつも気持ちよさそうに寝ている。眠っている横で「海苔」というワードを出すと反応するかな? と思って、「海苔、海苔、海苔」と連呼するのを何回か試したが、ピクリとも動かなかった。ということは、たいしたトラウマではないだろうか。

母にそう告げると「しょうもないことをするな」と怒っていた。