おやつく後記

日常のことなど思いつき

働かないことは「宝のもちぐされ」?

エプロンを縫って母にプレゼント。その時に言われた一言で自分が無職であることについて考えました。ひとことでいうと……ただのグチ?

 

 

 

 

 

 

 

自作エプロンに満足

 

洋裁を習ったのは小学生のころ、ミシンの基本的な使い方は母に聞き、あとは家庭科の授業くらい。最近、なんとなくやりたくなって、独学ではじめた。

 

 

 

大人になると物事の道理が分かってくるので、初心者でも上達方法が格段に速い。洋裁も、基本に忠実に、丁寧にさえやれば初めてでもそれなりのものができる。「洋裁は裁断で8割以上が決定する」(正確な数字は忘れた)というのを見たので、とくに裁断には時間をかけた。

 

 

プロなら3時間ほどでできるらしいが、ゆっくり丁寧にしたら倍以上かかった。初心者用に手順を省略したのだろうな、と思われるところに関しては、敢えてめんどくさいやり方で作った。手間をかけるほど着心地や耐久性に影響するはず。

 

 

結果、そこそこいい感じに完成。縫い目が曲がっていたり、縫い返しすぎて糸がゴチャゴチャしている箇所もあるけれど、最低限、人前に出ても恥ずかしくないと思う。

 

 

これは母にプレゼントした。歳をとってきたので地味なものよりかわいいものを、と思ってキュートな猫のプリント。オレンジが好きなので、バイアステープにオレンジを使い、糸は家にあった赤。暖色系の優しい色合いに仕上がった。

 

 

「でも、宝のもちぐされね」

 

母が喜んでくれたのでひとまずよかった。

 

 

が、その後。

 

 

その日は、ご飯も食べずに集中してエプロンを作り上げ、合間にお菓子も作っていた。出かけていた母が帰ってきて、いろいろ仕上がっているのにびっくりしていた。

 

 

「すごいなあ」と感心されたので、「天才でしょ」と冗談でいうと「はいはい。でも、宝の持ちぐされね」と言われた。イラっ

 

 

めんどくさいので突っ込まなかったが、母が言いたいのは「せっかく器用になんでもできるのに、仕事をしないなんてもったいない」ということ。

 

 

なにかとこっち系の話に持っていかれるので、前はいちいち反論していたのだが、もう慣れっこになって最近はスルーしている。

 

 

今だからこそ豊かな生活

 

実際、わたしは会社勤めしていたときも器用だった。初めての仕事内容でも自分なりのやり方を見つけていくので、いつもそれなりの結果を出していた。どの仕事も辞めなければもっと認められたかもしれない。でも、会社の方針が合わなかったり、やっていること自体に興味を失ったりして、どれも長く続かなかった。

 

 

いろいろあって、いまは仕事そのものに興味をうしない、今は家で半ヒキコモリ状態。気分の赴くままにお菓子を作ったり洋裁をしたり、編み物をしたり、文章を書いたりと、気の向くままに好きなことをやっている。

 

 

お金にはなっていないが、いまの衣食住は結構豊かだ(正確にいうと「住」は少し不満だけど)。母が放っておいたら何もしないグウタラなのに対し、わたしは自分が納得するまでなんでもトコトンやるタイプ。

代わりにわたしは内向的。一方の母は明るく社交的なので、近所づきあいなどは任せている。

 

 

掃除魔で邪気払い

 

わたしが実家に帰ってきた当初、家の中は暗くてギスギス、ゴチャゴチャしているし汚かった。まだ生きていた父とのケンカも絶えなかった。それがわたしが帰ってきてから確実に変わった。自分で言うのもなんだけど、これは事実。

 

 

母が友人から「家から笑い声がよく聞こえる」と言われるようになったし、両親のケンカも減った。ミニマリストのわたしが家の不要物を売って捨ててと断捨離しまくり、掃除しまくった。

 

 

不思議なこともあった。わたしが帰ってきた当初、風呂場の天井がカビだらけだった。母は掃除をあまりしないうえに、カビだらけでも気にしないというトンデモナイ人なのだが、換気だけはちゃんとしていた。そんな状態で、普通、風呂場の天井にカビがこんなに生えるだろうか?

 

 

実際、わたしが掃除をした後は何年たってもまったくカビが生えない。別に何か加工をしたわけでもなく、換気だけは変わらずちゃんとして、あとは放置している。

 

 

それがずっと不思議だったのだけど、これっていわゆる「邪気」だったんじゃないだろうか、と今は考えている。水回りは邪気が溜まりやすいというし。

 

 

うちの両親は、家の各所が汚れていても一向に気にしない。わたしは10代で家を出たのであまり意識していなかったけど、一人暮らしをしてからは、かなりキレイ好きだったので、久々に帰ってきたときはあまりの汚さに驚愕した。

 

 

水回りもトイレもひどく、最初は辛かった。風水は多少知っていても、そんな気にするタイプでもなかったが、こんなに汚かったらそりゃ金運も下がるだろう。

今は常にピカピカにしているので、金回りもよくなっているはずではあるが、当時の父は退職して再就職だし母は完全な専業主婦だったので、目に見える何かは入ってきてない。でもお金の代わりに違うものとして入ってきてるはず……! と信じている。

 

 

無職である正当性を主張してみる

 

生活というのは、一瞬ですべてが変わるわけではなく、住んでいる人間の影響によってすこしずつ変わる。両親がふたり暮らしでいた10数年ののち、わたしがフラっと帰ってきて、確実にいろんなことが変わった。ぜったい。

 

 

しかし、時間をかけてじっくりなので、その変化は分かりづらい。

 

 

仕事を辞めてニートになってからは、わたしの「生活」への態度も急激に変化。衣食住の質の向上に丁寧に向き合っている。母の凝り固まった観念を溶かす実験もしていて、それはいい方に効果を発揮している(たぶん)。同じお金で暮らしていても、日々の生活の質は格段に向上している。わたしはハマると場を支配する力が強い。この家に関しても、一番はわたしなので、わたしの影響力が強く出てきた。

 

 

ということで、ある意味で母相手に豊かさを提供しているわけで、会社勤めで給料をもらっていなくても、能力を発揮している。むしろ、社会貢献より会社貢献・上司貢献の意味合いが強い仕事よりも、よほど無駄がなく有意義な仕事だ。

 

 

ムリヤリお金の話にこじつけると、母が以前より豊かな気持ちでいるのならば、心身ともに健康であるといえ、将来的な医療費も抑えられる。

 

 

とまあ、わたしが無職である正当性を延々と書いてみた。

 

 

母はそんなわたしの素晴らしい仕事っぷりに気づくことはない。「いまの家の状況と前と比べたら全然違うでしょ!」というと「そんなに変わっていない」という。いやいやいやいや、全然ちがうだろ! 母は自分の都合のよい記憶に脳内変換している。恐ろしい。

 

 

「なんか、変わったかもしれないわね。でもそんなのどうでもいいから、働けよ」ってなとこだろう。わたしが頑固で強いので口に出すのを諦めただけだ。

 

 

なんのために仕事をするのか

 

 

やりたいことがあったり、信頼できる人に誘われたらまたどこかで雇われたいと思うけれど、いまはない(あったけどうまくいかなかったり)。無理しなくても生きていけるのに、なぜ好きでもない仕事を無理に見つけて行く必要があるのだろう。いまの生活より、わたしが外に出て訳の分からない仕事にこの能力を使うことの方が価値がある、と本気で思っているのだろうか。

 

 

わたしの将来を心配してくれているかもしれないが、どんな立派な仕事を始めたところで、「違う」と思ったら辞めてしまう性格なのもわかっているはず。まだ世間の大多数が信じている「正しい人生のレール」から外れたことに、不安を持っているのだろう。わたしも不安がないと言えばウソになるので、気持ちは分からないでもない。

 

ま、なりふり構ってられなくなったら、金のため、上司のゴキゲン取りのため、自分を〇して働いてる可能性は十分ある。目的が明確なら、それはそれでとことんやってやる。

 

 

とはいえ、基本的には、自分の気持ちを〇してただ命を長らえることを優先するか、自分を貫いて短命か。どちらか選べと言われたら後者だ。ただ自分を貫いて、うまく生きていける道はあるはず。ネットを見れば少数派だとしてもゼロじゃない。

 

 

自分と同世代や若い年代が自分らしさを貫きながら起業しているのを見て、やってみようとしたこともあったが、商品が思い浮かばないのでやめた。しいて言えば、こういう場所でぽつぽつ発信はしているか。何かにつながればいいなーとは思うけど、どっちでもいい。

 

 

好奇心は相変わらず強く、常に何かしら新しいことに手を出しているので、いまの時間は無駄でもないと思ってる。洋裁に興味を持って、自分でデザインした服が作りたい、というささやかな欲も生まれた。

 

 

宝の持ち腐れなんて余計なお世話だ。むしろ、持っている宝を燃料にして社会に還元している人の多いこと。宝をちゃんと使ってはいるが、使い方間違ってるでしょ、みたいな。宝を置いておく余裕があるなら、持っておいてもいいじゃん。腐るとは限らない。発酵するかもしれないよ?